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オートボルテージュ
Su-29搭乗・撮影記

2008年3月、ニュージーランドのサウスアイランドにあるWANAKAで2年に一度のエアショー、War Birds Over Wanaka 2008が行われた。エアショーは文字通り大戦機が主役だが、ユルギス・カイリス率いるエア・バンディッツもデモフライトを行うために参加した。ご存じの方もあると思うが、エア・バンディッツは日本で結成され、室屋義秀がライトウイングを務めている。その室屋の操縦中のスナップを撮影するために私はワナカに訪れたのだ。

いざ搭乗!

カチャカチャ、カチッ、シュッシュッ、カチッ。騒々しかった前日のエアショーとは打って変わり閑静なエアフィールドに、私がパラシュートを装着する音が響く。集中し始めると雑音は消え搭乗に関わる音だけが聞こえてくる。きっとパイロットも搭乗のときはこんな様に音が聞こえるのだなと考えながら準備を進めた。
Su-29のコックピットは、エクストラ300やYak-52と比べて非常に狭く、飛行中のパイロットにかかるGの負担を軽減させるため、シートのアングルが大きくとられているため撮影には適していない。私は乗り込む際に無理な体勢を作っておいて、ひたすらシャッターを押し続けることになる。当然着陸まで身体をねじった格好になり、アザラシのような体型の私には非常に辛い状況となる。
狭いSu-29のコックピット前席に収まると、機体を所有するロバートがハーネスの装着を手伝ってくれる。ガチャガチャと響くラチェットの音と共に腰が徐々に締め付けられていく。ハーネスを着けている時は「ちゃんと写真が撮れるか、事故は起きないか」と最悪の状態を想定してとても緊張が高まる。ポジションを決め、ヘルメットをかぶり、インカムのテストを終えるとカメラを手渡され準備完了だ。既に機体に乗り込んでいる室屋を振り返って1枚撮影し、レンズ選択や露出等の最終確認をした。室屋が「clear prop」と叫びキャノピーを閉めると機体と一体になったような気がする。エアーポンプでプロペラを回しエンジンをスタートする。キュオ、キュオ、ブゥワァといった具合で機体が一気に目覚め、大きなバイブレーションに包まれた。こうなったら後はなるようにしかならない。機体と共に私のカメラマン魂も目を覚まし、この後繰り広げられる最高のイメージが頭の中を駆けめぐり始めた。

最高の体験

Su-29の乗り心地はというと、以前ユルギス・カイリスに乗せてもらった時に感じたことは、一言で言うと「こんな楽しい乗り物は他にない!」であった。キャノピー越しに見える情景は、まるで空中に身を投げ出したかのような感覚だ。基本的に私は高所恐怖症なのだが、不思議なことに足が地に着いていないと恐怖を感じないのだ。進空後、背面飛行で−(マイナス)1Gを約10秒程体験した。頭に血液が集中し顔がはれぼったく感じる。鉄棒に逆さにぶら下がるとこれと同じ感覚を味わえる。次は3連続ループだ。軽く降下しながら機速を上げて一気に引き起こす。タイミングを見計って息を止め、お腹に力を入れてGに備えた。目の前は一面青空になり、プロペラのピッチが変わったのか、聞こえてくる音が変化する。頂点に達する頃にはGも弱まり周りも静かになったような感覚になる。次第に頭の上から地平線が現れ、降下が始まり引き起こしになると、グゥーという感じで身体が重くなるので又下半身に力をこめた。次は水平飛行でのスナップロール。通常パイロットは地上の目標物を基準にロールをする。なので、私もまねをしてみたが、一瞬にして頭の上を地上が通り過ぎ、元と同じ景色になっても目標物はなかなか見つけられない。一回転でも分からなくなってしまうので、連続回転となれば尚更だ。基本的なマニューバーを一通り行った後、「他に何かして欲しいか?」と聞かれたので、カイリスホイールとコブラを行ってもらった。カイリスホイールは、ご存じの通り3/4ループから連続スナップロールで垂直降下する。目の前の地面が1秒間に400度近くという凄い勢いで回転した。私は風景を良く判別できなくなり、地上の様々な色が円を描き、そこにキャノピーに反射する太陽光がアクセントを加え、色の洪水の中に身を置いた気がした。何回転したか分からなかったが、地上は当然の如くグングンと迫ってくる。最後は少し怖かったが、恐怖を上回る美しいビジョンが脳裏にくっきりと焼き付いた。コブラとは、水平飛行から一気に機体を垂直に近い姿勢へ移行し、慣性とプロペラの力で上昇し水平に戻す技で、翼はストール状態になり、機体の全ての舵を稼働限界まで使い姿勢を保持する非常に難しい技だ。「二人乗りのSu-29だからSu-31のようにはいかないよ。それでも良いなら」とコブラをおこなってもらった。水平飛行から一気に操縦桿を引き左に倒す。ズバーという音と共に翼の上にスモークがまとわりつきながら流れる。足はバタバタとラダーを踏み姿勢を保持している。お尻で感じていたGが背中で感じられた刹那、マイナスG、プラスGと僅かな時間で多くの状況が現れる。「今のがコブラだよ、分かった?それじゃそろそろ降りようか。」ということで、僅か15分弱の私の至福の体験は終わりを告げた。これはあくまでもパッセンジャーを乗せた時のフライトなので、実際の競技中よりもかなりソフトな操縦だったそうだ。だから気分を害することもなく楽しい思い出となったと、後に室屋によって思い知らされる事になる。

撮影開始

ワナカ飛行場からワナカ湖の撮影ポイントまで向かう途中で、「太郎さん、カタリナが下にいるよ。」と室屋が教えてくれた。もし私が撮影したいと言ったらカタリナの近くまでいってくれるつもりのようだ。カタリナの空撮が出来るチャンスなんて二度とないかもしれない。けれども手元にある機材は超ワイド系のレンズだけだし、良い絵が撮れるという確証もなかった。そもそも自分の本来の撮影が始まる前にイレギュラーでよけいなことはしたくなかったので、「本当だ」の一言で片付けることにした。後々行っておけば良かったと思ったのは事実だが・・・
撮影ポイントに到着した。氷河の浸食によってできたワナカ湖が眼下に広がる、まず室屋にヘディングを調整してもらった。これはロールした際、キャノピーが下向きになっても太陽の光がパイロットの顔に当たる様にするためだ。テストを兼ねてバレルロールを行ってもらった。カメラをしっかりホールドしてパイロットの顔に日光が当たるタイミングでシャッターを切る。すぐさまモニターでチェックする。デジタルカメラになってカメラマンが最も恩恵を受けているのが、その場でチェックができるということ。非常に便利だ。「どう、撮れてます?」と室屋。「OK!いい感じでーす。今度は連続でお願いします。」予想以上に背景が綺麗だったので再度バレルロールを行った。こうして幸先良く撮影が始まり、高度をとりつつバウンドを調整してもらいテーマであった室屋ホイールの撮影を行った。「じゃぁやりますか。初めにガンと来るからカメラ気をつけてね。」「了解、準備できてます。」「いきますよ〜。」…さあいよいよだ!全身に力を込めた。
室屋ホイールは、エアショーで初めに行うマニューバーで、連続スナップロールを15回転以上もする。しかも、ベクトルが上方から下方へと変化しスリリングでアグレッシブな室屋を表現するのに最適なものだ。
ガンと転んだような衝撃がスナップロールの始まりの合図だ。この衝撃は予想できたので、カメラも私も大丈夫だ。飛行機は上下と横に激しく揺れ続ける。後ろを振り返りながらだと見えるのは室屋の顔だけで、数回転する頃には何がなんだか分からなくなってしまう。よく言われる洗濯機に放り込まれたような状態だ。ここで死守した事は第1に手元で上下しようとするカメラを固定する事、次にシャッターを押し続ける事だ。絶対にカメラを放してはいけない。もし手から外れてしまえば、コックピットFODになり、機体を壊してしまったり、操縦系統のどこかに引っかかってしまえば命に関わる状況になりかねない。撮影よりも安全を優先しなければ何も始めることはできないのだ。撮影の始めはタイミングを計ってシャッターを押していたが、ロールの速度が速くなるにつれ、そうも言ってはいられなくなった。安全を優先する為にはシャッターを押し続け、しっかりカメラをホールドした。幸い手からカメラが外れそうになったりすることも無く安全にできたが、ひとつ問題が起きた。スモークがコックピットに入り込み、その空気を吸ってしまったことだ。それで一気に気分が悪くなり、「もう一回する?」という有難いお言葉をいただいたが、目的の写真は撮れたので「バレルロールにしよう」と比較的楽なものをリクエストして撮影を終了した。成果を確認しながらの帰投の途中、ふと顔を上げると飛行機は台地の下の川面すれすれを飛んでいた。景色がとても綺麗だったのだが、予定した物が撮れた、責任を果たせたという満足感と、スモークによる気持ち悪さのせいで、「綺麗だけど、どうでもいいや」という気分、折角だから前向きの写真でも撮っておいた。


夕食はとても食べる気にはなれないでいたら、室屋に「酔っぱらっちゃったの〜、もう二度と乗りたくないでしょ」と言われた。その場は「そうだね、もうまっぴらだよ」なんて答えたが、今はチャンスがあれば何度でも挑戦したいと思っている。

今回のフライトは室屋を撮影するためだけに行われた。だが、どのパイロットもフォトミッションをするくらいなら自身のトレーニングをしたいだろうし、その方が良いに決まっている。軽量のエアロバティックス機の前席に大人1人分の重量が加われば、トレーニングなどにはなるはずもなく、また、機体の消耗、燃料代等もけっして安価ではない。今回室屋は私の無理を聞いてくれ、わざわざ撮影だけの為に飛んでくれたのだ。私はカメラマンがカッコイイ写真を撮るには、被写体の協力なしには成り立たないものだと思っている。被写体と一緒に様々な条件をひとつずつ、時間を掛けて調整していく。最終的には相手との人間関係が物を言うのだ。最高の一枚の写真にたどり着くには、それまでの自分の生き方が大切だと常に考えている。今回も、私のために協力してくれた人達に感謝を込めて写真を発表したい。

WAR Birds Over WANAK エアーショーではP-51を筆頭に多くの大戦機が飛行した。機体に乗り込み準備にかかる室屋。下方をワナカ湖にアプローチするカタリナを発見。

撮影ポイントに到着。撮影に最適なヘディングを目指し旋回する。紺碧のワナカ湖をバックにバレルロールを行う。予想以上の湖の青さに感激だ。室屋ホールの4回転目。バレルロールとは違いスモークが機体にまとわりつく。この後機体はロールしながら真っ逆さまに降下する。

引き起こしたコックピットの中はスモークが充満している。思いっきり吸い込むと苦しくてたまらない。Su-29の前席から見た風景。実際の視界は写真より広く、絵本の様な景色が続く。台地の下方の川に沿って飛行する。高度計はマイナス100ftだ。

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