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夢の共鳴1 50年代町工場さながらであったHondaが、世界一のオートバイメーカー、世界の頂点に立つことを目指した1950年代の夢を紹介。
1952年 国内販売網を構築したCUB F(左)
1954年 初の国際レース(ブラジル)への出走車R125(右) |
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夢の共鳴2 60年代2輪世界GP初優勝、4輪市販車への参入、F1初優勝。1960年代前半、世界の頂点に立ったHondaの原動力とはなんだったのか?
1963年 初の4輪市販車T360(左)
1965年 F1初優勝車RA272(右) |
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生き続けるデザイン世界中で愛されているスーパカブの基本デザインは今も変わらない。その理由は乗る人の立場に立った開発コンセプトにあった。
1958年 SUPER CUB C100(初代スーパーカブ)(左)
1997年 LITTLE CUB C50(右) |
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生活をもっと豊かにHonda汎用製品の歴史はクルマよりも古い。Hondaならではの使いやすさ、高い耐久性や経済性など一台ごとに込められた夢があった。
1963年 G20(汎用エンジン:左)
2002年 FG201(耕うん機:右) |
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世界一が日本一Hondaにとってはレースは企業文化そのものである。
「世界一が日本一」は本田宗一郎の口癖の一つ。この逆説的表現の真意は?
1965年 F1初挑戦車(西ドイツGP)RA271(左)
2006年 F1優勝車(ハンガリーGP)RA106(右) |
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子ども達に青空を光化学スモッグ、石油ショック、そして地球温暖化問題。後発メーカーのHondaにとって70年代の排気ガス対策は責務であり、同時にチャンスでもあった。
1973年 世界で初めてマスキー法をクリアしたCIVIC CVCC(左)
2002年 燃料電池車FCX(右) |
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レーサーの血統タイプRの称号が与えられたスポーツモデルには、レースで培われたノウハウが投入され、高い動力性能や操縦性能を実現した。
1994年 NSX-R(左)
1997年 CIVIC TYPE R(右) |
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※写真は主な展示作品です。歴代のスーパーカブなども合わせて展示します。 |