> ENGLISH

  • 森
  • ゆうえんち
  • ミュージアム
  • ホテル
  • キャンプ
  • レストラン
  • ショップ
  • バイクとクルマのスクール
  • モータースポーツ
  • チケット
  • インフォメーション

Honda Collection Hall > これまでの企画展 > 展示コーナーのご案内『Hondaのユニークな製品とそのエピソード』

展示コーナーのご案内『Hondaのユニークな製品とそのエピソード』

Honda Collection Hallでは「Hondaのユニークな製品とそのエピソード」と題し、Hondaのユニーク(独自の、独特な、面白い)な製品を、当時のカタログや写真などを交えながら展示いたします。Honda製品が誕生するまでの開発エピソードや、Hondaがレースに挑み勝利を得るまでのエピソードをご紹介いたします。

◇展示日程
2012年3月25日(日)〜2013年1月20日(日)

◇展示場所と展示製品
※各フロアとも入口入ってすぐのコーナーにて展示いたします。
※都合により、車両の展示がない場合がございます。予めご了承ください。

【2階南棟2輪市販車フロア】
・カブF型(1952年)実車、製品発送に使用された当時のダンボール箱、製品カタログ、ポスター

カブF型(1952年)

【2階北棟4輪市販車フロア】
・シティ(1981年)パネル解説、製品カタログ
・モトコンポ(1981年)実車、製品カタログ

シティ(1981年)モトコンポ(1981年)

【3階南棟2輪レース車フロア】
・RVF750(1990年)鈴鹿8時間耐久出場車
・RVF750(1991年)鈴鹿8時間耐久優勝車

RVF750(1990年)RVF750(1991年)

【3階北棟4輪レース車フロア】
・RA271(1964年)F1グランプリ出場車、単体エンジン
・クーパーT53クライマックス(1961年)実車

RA271(1964年)クーパーT53クライマックス(1961年)

各エピソードの概略

【2階南棟2輪市販車フロア】【2階南棟2輪市販車フロア】
1948年に創業したホンダは、当初バイクモーター(自転車に取り付ける補助エンジン)のメーカーであった。1952年に発売されたカブFは廉価で高性能だったため、発売から半年後には当初計画の23倍という月産7,000台に達し、海外へも輸出された。順調な売れ行きには、ホンダらしい販売戦略やアフターサービス網の充実といった背景があった。さらにはデザインからカラー、宣伝広告コピーやパッケージまでをトータル・プロデュースする、当時としては珍しい先進的な商品開発手法がとられていた。

【2階北棟4輪市販車フロア】【2階北棟4輪市販車フロア】
ホンダ・シティは1981年に発売された3ドア・ハッチバック・セダンである。「トールボーイ」と形容された高い全高を持つ、1,200cc、4気筒CVCCエンジン搭載の5人乗りコンパクトカーだった。その開発を担当したのは平均年齢27歳という若者たち。個性あふれる合理的なスタイルと低燃費でタフなコンバックス・エンジンで走りがよく、若い心を持つユーザーが増えていった。そしてシティはターボやハイルーフ、カブリオレなど数多くのバリエーションを展開していく。

【3階南棟2輪レース車フロア】写真提供 (株)ホンダ技術研究所二輪R&Dセンター 松井辰也【3階南棟2輪レース車フロア】
1980年代から1990年代前半にかけ、毎年夏になると15万人以上のファンが押し寄せた「鈴鹿8時間耐久ロードレース」。ホンダは1985年からRVF750を投入しライバルとしのぎを削ってきた。そして1990年、グランプリライダーを擁したホンダナンバーワン・チームのRVF750はポールポジションを獲得するも、決勝レースではリタイアを喫してしまう。そこでホンダはすべての機能を再検討し、勝利を確実に獲得するハイパフォーマンス・マシン、1991年型RVFの開発に着手する。

【3階北棟4輪レース車フロア】【3階北棟4輪レース車フロア】
F1グランプリに初めて出場した1964年当時、ホンダが世に送り出した4輪製品は軽トラックのT360とS500という小型スポーツカーの2台だけだった。4輪の世界に足を踏み込んだばかりのホンダは、クーパーT53クライマックスをサンプルとして購入し、グランプリカーの感触を得る。そうして試作車であるRA270を経て完成したRA271は、初挑戦となるドイツ・グランプリにエントリー。ニュルブルクリンクサーキットに姿を現したRA271は、実にホンダらしさにあふれたマシンとなっていた。

 

HOME会社情報広報採用情報企業の方へお問い合わせプライバシーリーガルEnglish